東京高等裁判所 昭和24年(新を)1040号 判決 1950年4月28日
控訴人 被告人 市村茂雄
弁護人 原秀男
検察官 小泉輝三朗関与
主文
原判決を破棄する。
本件を宇都宮地方裁判所に差戻す。
理由
弁護人原秀男控訴論旨第三点について。
原判決を見るのに、原審はその摘示する被告人が(一)拳を以て遠藤守弘の顔を殴り更に足の附近を蹴つて暴行を加え、(二)なお台の上にあつた蓄音器一台を引ずり落して壞したという事実について、一、(二)の点を除き判示と同趣旨の被告人の供述、及び一、判示に照応する被害顛末についての証人遠藤守弘及び同遠藤アイ子の各供述並びに一、判示と同趣旨の証人長谷川雅一、同田崎栄穗及び同川崎九平の各供述を綜合して之を認めたものである。併しながら之等の各証拠を見るのに、その内容はまことに所論の通りであつて、証人遠藤守弘の供述を除き所論の事実について同趣旨又は照応するものの何等ないことは明白である。思うに刑事訴訟法第三百三十五条が有罪の言渡をするに当つてその証拠を示すのに単に標目のみを以て足るものとした趣旨はこれによつてその内容を一々移記説明する労を省かせようとしたに過ぎないものであるから、事件により裁判所がその内容を逐一或は概括的に掲げて之を説明するのを懇切且つ妥当とすることは何等疑のないところであるが既にその内容を表示する以上は、その表示は必ず真実正確であることを要し、右刑事訴訟法の求めるところが単に標目の表示にとどまる故を以ていささかの不真実不正確も許されるべき筋合のものでないことは謂うまでもないところである。原判決の右説明についてはそれが一に懇切を尽くそうとする意から出たものであることはもとより之を窺い得ないわけではないが、単に証拠の標目にとどめてその内容を掲記しなければ自から別として苟も判決に証拠の内容を掲記する以上、右の様に同趣旨でなく或いは照応しないものを同趣旨或いは照応するものとすることは、之によつて判決の不信を招くこと錯誤又は不実の場合と何等択ぶところはないわけであるから斯かる齟齬については単なる書損と認め得ない限りそれが本来余事であるからと云うことによつて軽々に之を許されるべきものではない。原判決には所論のように理由にくいちがいがあると謂わなければならないから、この点の論旨は理由がある。(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)
控訴趣意書
第三点原審判決は「被告人は栃木県河内郡横川村大字江曽島居住の興行師であり附近の若者にはばをきかせている者であるところ、昭和二十四年一月二十九日午後九時半頃宇都宮市日野町ダンスホール昭栄こと遠藤守弘方に於て強いて入場しようとして同人と口論となり同所に於て、(1) 拳を以て同人の顔を殴り更に足附近を蹴つて暴行を加へ、(2) なお右ホール内の台の上にあつた同人所有の電気蓄音器一台を引づり落して壞し以て器物を損壞した。」との事実を、「一(2) の点を除き被告人の公廷に於ける判示と同趣旨の供述、一、遠藤守弘及同アイの当公廷に於ける判示に照応する被害顛末の各供述、一、証人長谷川雅一、同田崎栄穗及び同川崎九平の当公廷に於ける判示と同趣旨の各供述を綜合して認められる。
一、然し被告人は原審公廷に於て判示冐頭の「附近の若者にはばをきかせている者」との点並に犯罪事実(1) 中「足附近を蹴つた」点について何等供述していないのみか第一回公判に於て(第十一丁裏)「足を蹴つたことはありません」と否認判示同趣旨の供述をしていない。
二、証人遠藤アイ子は第三回公判に於て(第五四丁裏)「夫が殴られているのを見たか」との問に対し「初め一回殴られたのを見ましたが後は知りませんでした」と供述しているのみで足を蹴つた点其他判示に照応する被害顛末を供述していない。
三、証人長谷川雅一、同田崎栄穗の両名は第三回及第五回公判期日に於て判示冐頭の点並に足を蹴つた点に付判示と同旨の供述をしていない。特に長谷川は第五回期日に於て被害者を誰が殴つたか知らぬと陳述している。
四、右一、二、三掲記の通り、原審判決は供述していない、被告人及証人の言を供述したとして断罪の資に供している。之は判決の理由にくいちがいがあり又は事実を誤認した判決であるから破棄せらるべきものと思料する。(その他の論旨は省略する。)